かつて、芸術は王侯貴族のものでした。しかし、現代は、音楽産業やマスコミ、スポンサーとなる企業が大きな力を持っています。また、その時代の力となる観衆をいかに多くつかむことができるか?現代の芸術家が華やかな舞台に立ち続けるには大変な舞台裏での努力が必要なのだと思っています。
1970年代イタリア、シチリア島に生まれます。ピアニストの姉、チェロ奏者の兄、メゾ・ソプラノ歌手で声楽教師の母、システィーナ礼拝堂でバリトン歌手を務める父という、音楽一家の中で5才から音楽を学び始めます。オペラの歌い方が好きになれず、13歳の時に、ただのポップスではなく、独特なスタイル「ポップ・ソプラノ」を築き上げます。バレエも長年習っていましたが、何年たってもデビューはかないませんでした。意外なことに経済的に苦しい家庭だったと本人は述べています。日本では貧しいなどとはとても考えられない家庭環境ですが。
1998年にイタリア音楽界屈指のプロデューサーに認められ、デビュー・アルバム「フィリッパ・ジョルダーノ」が発売されるやいなや、世界中で賞賛され、ヒットします。西暦2000年を迎える際には、ローマでの式典で、サンピエトロ広場に集まった15万人の観衆と、ローマ法王に絶賛されます。
ところが・・・最近は彼女の活躍をあまり耳にしないのです。推測なのですが、セレブリティ(お金持ちや有名人)の私的なパーティだけで歌っているのか?それとも、それとも、同時代に立て続けにヒットを飛ばすサラ・ブライトマンの陰に隠れてしまったのか?謎です。
イタリア音楽界の巨匠、エンニオ・モリコーネや「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」の作曲家としても知られるフランチェスコ・サルトーリは様々な楽曲を彼女に提供しています。ここでもサラ・ブライトマンがリンクします。彼女はエンニオ・モリコーネに「何度も手紙を書いて依頼して」曲を作ってもらっているのです。また、「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」にしても、彼女単独で最初にヒットさせたわけではありません。アンドレア・ボチェッリとのデュエットで知名度をあげたのです。
いかに才能を売り込むことができるか?また、時代に、そして大衆に受け入れられる方法をとるか?この点ではサラ・ブライトマンに先んじられてしまった様です。私としては第一作の路線でフィリッパの作品をもっと聴きたいと今でも願っています。2作目以降は雰囲気が変わってしまいました。これが彼女本来の路線ならば仕方ありませんが。ともあれ、デビューアルバムはお薦めの作品です。とくに「アヴェ・マリア」です♪